トリプルアクセル




      
      書斎の壁
      狂った額に優しく
      私は受話器を落とす

      
      無数の音符に巻かれて加速する刃
      氷を突き、宙を舞った

      (私は目覚める)

      衝撃は転調に救われ
      喜びに溶けこむ

      第三楽章が終わった
      銀色の涙がパチパチと鳴り
      平等に降りそそぐから
      はしばし打たれ続けた―

      
      窓からグレーの光
      そっと机に向かいペンを執る
      言葉の上にも
      銀色の粒が反射していた




専業主婦




    女は家庭に入るのが幸せ
    と語るハナコさんは
    コブラを殺せる

    名前に因んでか、草花が大好き
    洗濯が終わったら
    いつくしんで育てた
    色とりどりの花たちに
    水をやるのが日課
    庭を掃いたら、部屋の掃除と大忙し

    ある日、箒を取りに物置へと向かったまま
    帰ってこない

    ブーン、ブーン、ブーン
    ドスン!バタン!
    バシン、バシン、バシィーン!
    カラン・・・
   「ふー、あんなところに巣をつくられちゃ 困るもんね」

    お料理上手なハナコさんは
    一家団欒こそが子供の精神的な成長に良いと考える
    栄養士の免許はなくても
    バランスの取れた晩ご飯にみんな大喜び

   「今のがストライク!?じょーうだんじゃないよ!審判」
   「きわどかったもんね」
   「きわどいわけあるかい!確かに高かったつーの!」

    ビールで頬が染まった大黒柱は、置物のような微笑み
    試合続行のナイターを尻目に
    仲裁に入るのは長男
    コブラから命を救ってもらった
    恩を忘れていない





決意




    今日から自分をデブだと思うことにした
    デブ・・・
    そのうち人にも呼んでもらうつもりだが
    まだちょっと気恥ずかしい

    1.

    デブ界に足を踏み入れる
    赤ちゃんのような笑顔の石塚
    うんちくを語る伊集院
    美しく踊れるパパイヤ
    痩せていた頃、ちっともモノマネがおもしろくなかった松村も
    内山に「かっこいいですよ〜」と言われるまでになった

    2.

    街を歩く
    デブとして歩く
    振り返ったあの娘は
    私をデブだと思ってくれただろうか・・・
    汗の量が足りないのかな
    キャラクター以前の問題だ

    3.

    名刺を作る
    名前とメールアドレスと肩書き
    初対面はもちろん
    旧友にも近況報告として、さりげなく渡す
    あ・・・
   「まだ間に合うよ」とか言って
    昔の私に戻そうとするおせっかいもいるかもしれない
    まぁ、浅い付き合いの人なら
   「ふーん」と言って、自分の話ばかりするだろう

    それでも何となく自覚が芽生えてくる
    自らをデブと名のることで

    4.

    デブのイベントに足を運ぶ
    みんな暖かく迎えてくれる
    初対面なのに共通点のある人が多い
    なんだか少し安らいだ気分になる

    5.

   「デブとして生きる」を執筆中
    いつか写真入りで雑誌に紹介される・・・
    なんて甘い空想をしている
   「デブ気取り!!」と週刊誌にバッシングされる
    なんて苦い空想もしてみる



   デブ・・・
   とても優しい響き
   いつしか私は
   充実した日々を過ごしていた


          

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