ある晴れた午後


      

カーテンから漏れる日と
液晶の画面だけ
私の顔を照らしてる

胸に鉛を抱えたまま
キーボードを叩いた

    
     ビシッ


不意に胸を射抜いた音に
窓の外を見る
ああ、一軒向こうには
職人たちの仕事の音が


     ギギギギー


木材を切り続けてください
お願いもっと
つんざいて つんざいて

その金鎚で打ちつけて
もう二度と釘が出て来れぬよう
ガンガン ガンガン
眩暈がするくらいに

それでも腕は
光の線に手を伸ばし
声を探してる

ベランダに出て手を振れば
何かが始まるというのに
 
空の下
ごつごつした世界が
待っているのに



      



おやさいかって まっすぐかえるわ


      

ネオンの中にまぎれてばかりやと
体に悪いって信じててん

今日なんか変なルートたどってるねん
あのままじゃ、きっと
なじみのないBARで
40代の男の近くに
しらじらしく座りそうやったわ

だからあの子呼び出してん
お願いあっち連れてって
上品な住宅街はイヤよ
可愛いカフェとかしかないから

あの子はホンマに朗らかで
私の心をほぐしてくれてん
お互いそういう相手やもんね

あの子にとても癒された
会話にとても癒された
だから会話だけでよかってん
会話だけで十分やん


           アノコニ ギュット イヤ サレタ


私は帰るころ
ケラケラ笑って手ぇ振った
あの子の車が消えるまで

住宅街をふらふら歩きながら
あの子に会ってよかった
また一つ勉強なったって
空中をハサミで切ってん

「今度いつにする?」
約束はできへんよ」

しばらくネオンはゴメンやわ
夕方カフェで本読んだら
お野菜買ってまっすぐ帰るわ

お化粧落として
10時に寝るわ


      



飛行訓練


      

      どうしても空を飛びたいらしいので
      象が踏んでも割れない筆箱をあげると
     「二郎さーん!」と言って地面に投げつけた

      私は冷や汗をかきながら
     「確かに弟ができたら二郎と名付けるつもりでした」
      と答えると
      赤鬼は大声で泣いた
      どうやら青鬼の優しさがやっとわかったらしい

      仕方がないから
      筆箱をアフリカに返そうと
      宛先を書いていると
      泣きながら赤鬼が
     「おれ耳短いぜ」と言うので
      ハッと我に返った

     「サッカーするしかないのか」

     それなら茨城弁をマスターしなければならない
     とりあえず赤鬼と水戸へ向かって歩き
     頭の後ろから何か飛び出す感覚を大事にした

     そのうち頭の後ろから 
     鹿が次々と
    「できるだけ高いトーンで
     できるだけ高いトーンで」
     と歌いながら飛び越えて行ったので
     感謝で気持ちを込めて奈良を思い出した

     そういえば
     黒塚古墳の近くの池の周りを
    「ここやったら落ちる?ここやったら落ちる?」
     って走り回りながら
     ばあやに話すうちに
     本当に池に落ちた母はどうなったかなぁ?
     きっとランニング中の兵隊さんたちが
     名誉を競って飛び込んだに違いない

     ピリリリリ!
     携帯が鳴った
     兵隊さんからウレシイ知らせだ

     母は二郎を身ごもっているらしい
    「水吐いても おなか引っ込めへんねん」
     と肥満をごまかす時みたいに
     母は笑っているようだ

    「二郎が生まれるぞ」
     横にいる赤鬼に伝えると
    「青鬼なんて偽善者だ」
     と言ってまた泣いてしまった

     無理もない
     筆箱の中身を全部そろえられたんだから
     飛べるわけがないのだ


      





レモンスカッシュ


    あなたが後ろ向くと
    私の胸から
    レモンスカッシュが吹き出した

    あっという間に水の幕つくって
    私の前を一面覆う

    そっと指で触れてみる
    波紋は広がる
    ほんの少し振り返った
    あなたの横顔がゆらゆら

    このまま
    指先から腕へ
    腕から肩へ

    酸に溶けてしまいたい

    鼻先と唇からほっぺた

    無数の水の泡が舞い上がって
    小さくはじけて
    次々に顔を刺激する

    このまま
    頭から上半身へ

    あかん、足が動かへん
    動いてくれない

    あなたは一瞬
    悶えるような表情をした後
    ゆっくりうなづいて
    歩き始めた

   「違うねんよ、 違うねん」

    やがて
    水の幕から頭を引き揚げて
    私はその場に座り込む
    髪からレモンスカッシュしたたらせて

    あなたは
    光になって揺れて
    消えてしまった

    次第に辺りの景色が戻り始める
    雑踏の音がクレッシェンドする中

   「なんで、いつもそんな風なん」

    という呟きが宙に浮かんで
    ポトリと落ちて
    そばにあった空き缶に吸い込まれた


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